スタービンはなぜ教授の左手の小指を切り取ったのか?

『いただきます(VIPRPG)』のスタービンが教授の左手の小指を切り取った理由の考察……というより、二次創作です。

 

 

 

 

「なんとなく」説


「腹が減りましたね……
 でも、食べ物がありません……
 ああ、そうか、
 ここの人の肉を切り取って
 食べさせてもらえばいい。
 しかし、誰に頼めばいいのか……
 ……教授さんにしましょうか。
 大柄で食べでがありそうですし……
 断らないでしょうし……。
 さて、どの部位を貰いましょう
 ……今後の生活に
 一番支障がなさそうな左手の小指が……
 無難ですかね……」

 

ってな感じで、特に考察するまでもない順当な理由だった、という説です。
これから長々と書く仮説を全否定するようですが、実際はまあ、こんなところだと思います。
しかしそれだと寂しいじゃないですか……もう少し、あと一万二千字ほどお付き合いください。

 

 

心神喪失偽装」説

1DAYの「僕たちはここから出ることは出来ない。ケアが終わるまではね」という言葉、記憶が戻ったと見るや施設を叩き出され死ぬ(BADEND A)こと、客観的に見て最も正常な教授が施設住人の中で最も早く屠殺対象になったことから、あの施設は「心神喪失を回復した人間から屠殺している」と推測出来ます。

教授はそれを指して「配慮してくれている」と表現していましたが、こんな残酷なことはないと思います。狂ったまま殺して欲しい。

 

さて、そんな残酷な施設で生き残るために、皆さんはどんな手を使うでしょうか。

 

私なら「心神喪失を演じ続ける」と思います。

 

重罪を犯した人間が心神喪失を演じて無罪を騙し取ろうとする話はよく聞きますが、それと同じようなものです。


何をもって心神喪失とするか、というのは専門性が高すぎると言うか、二つの意味で明るくない領域なのでここでは正確に定義しません。
そうですね……さしあたり、「狂っている」とでもしておきましょう。
心神喪失に対する世間の理解は……そんなもんです……

 

生き残りたい私は狂人を演じるために、ひとまず支離滅裂な理屈を主張するでしょう、それではインパクトが足りないと思えば自傷行為に走るでしょう、そうして自分の身体が限界を迎えれば他人の身体を切り取って食らうでしょう。

 

……ああ、これを全部実行した人物がいますね。

 

そう、スタービンです。彼もまた、心神喪失を演じて延命を試みたのです。

 

それを裏付ける証拠がひとつ、存在します。

 

実は彼、教授の左手の小指を切り取ってからは腹を殴っていないのです。

 

「腹を殴り続ける男」として登場し、腹を殴り続ける理由を自己紹介のほとんどの尺を割いて説明した彼が、教授の小指を切り取ってからは一切腹を殴っていない。


最初は小指を食らって空腹が紛れたからかとも思いましたが、彼はその後も腹を鳴らし続け(5DAY)、ベントラーにゴキブリを無心しています(7DAY)。
そもそも、人の小指一本程度で腹は膨れません。自分の食欲の強さを身をもって実感している彼自身が、なによりそれを理解していたはずです。

 

ではなぜ小指を切り取ったのか? そしてなぜ腹を殴るのを止めたのか?

 

彼があの事件を起こしたのが空腹を満たすためではなかったからに他なりません。

 

職員が「教授さんとスタービンさんの一件」と表した事件──過度の空腹で心神喪失に陥った男が同居人の指を切って食らった──を作り上げたことによって自分が屠殺対象から外れたことを確信し、心神喪失を印象付けるための自傷行為を行う必要がなくなったのです。


教授を選んだことにも説明がつきます。
客観的に見て最も正常、つまり最も早く屠殺対象になる可能性が高い人物だったからです。

 

誰かを傷つけなければならないのなら、それは死に近い人間がいい。

 

しかしこの説は作品のテーマと照らしても、また私の個人的な感情からしても受け入れ難いものがあります。

 

「この施設もね、
 結局は僕達を殺すまで収容しておく施設だけど
 それだけじゃない。
 ただ殺すなら収納する必要なんてないんだ
 こんな所に収納せず、
 すぐに殺して肉を冷凍しておく方が効率的だし
 これから死ぬ人間に
 貴重な食料を与える必要もないはずだ
 僕たちは家畜だけど、同時に人間なんだ
 せめて死に時ぐらいは
 安らかな気持ちで終われるように、
 配慮してくれているんだよ」

 

引用元:『いただきます』8DAY 教授


この教授の最期の言葉は、作品のテーマのひとつを端的に表しています。

 

「これから死ぬ人間が、これから死ぬ人間であるという理由で、粗末に扱われていいはずがない」

 

そしてそのテーマの元で動くキャラクターが、それに反する行動を取るはずがない。

 

……作品のテーマがどうとか受け入れがたいとか、それは主観が過ぎるだろって?

返す言葉もありません。ではもう少し単純に考えてみます。

 

心神喪失を偽装するのに教授の左手の小指を切り取る必要は別にない」

 

先程は心神喪失を偽装するのに人に危害を加えるのが必須かのように語りましたが、そんな事はありません。
他にいくらでも手があります。
手始めにリスティに同調してみるのはどうでしょうか。彼女は明確に「気違い」と決めつけられて施設に放り込まれた人間(7DAY)ですから、同調する人間も必然的に「気違い」の扱いになるでしょう。あるいは、ロスターのように記憶喪失したことにするか。ベントラーと共に「居もしない宇宙人を妄信し、呼び続ける」のも楽しそうですね。狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり……とはよく言ったもので、あの施設の性質上、真似する「狂人」には事欠きません。

それでも駄目だった時の最後の手段として教授の小指を切り取るのはアリかもしれませんが、少なくとも初手で傷害事件を起こすのは……賢い選択とは言えません。

 

また、心神喪失偽装説の根拠として「腹を殴り続けるのを止めた」ことを挙げましたが、それはただ単に製作者様がスタービンの腹殴り芸を擦るのに見切りをつけただけの可能性もあります。
というのも、スタービンが腹を殴るときは基本的にpan.wav(腹を殴るときの効果音)の一再生毎に決定キーの押下を要求されるので、そう何度も入れられるとプレイテンポが損なわれるのです。
3DAY時点で彼を「腹を殴り続ける男」として印象付けるのに十分成功しているわけですから、製作者様はおそらく、もうわざわざあのくだりを入れる必要がないと判断した。
そしてそれが偶然、左手小指切断事件のタイミングと一致したのでしょう。

 

 

「左手の薬指」説

「左手の〇指」と聞いて、一番最初に思い浮かんだ言葉は何でしたか?
これを読んでいる皆さんは当記事の「なぜスタービンは教授の左手の小指を切り取ったのか」という表題を見ているわけで、おそらく「左手の小指」だったと思います。
しかし一般的には「左手の薬指」を思い浮かべる人が大半でしょう。
かくいう私も初見プレイ時は「左手の薬指をくれませんか……?」に誤読してしまい、なんてファンキーなゲームだと思ったものです。
そしてこれはなにも私に限った話ではなく、『いただきます』の実況動画

www.nicovideo.jp

⇑の中で投稿主様が

「ここなー……左手の薬指をくれませんか……薬指だっけ小指だっけ」

 

引用元:【実況】 いただきます そのあと 【短編電波ノベル】 05:50頃

と勘違いする一幕があります。

 

さて、左手の薬指といえばどんな意味があるでしょうか。
キリスト教では「愛情・創造を司る指」として……いえ、勿体をつけるのは止しましょう。
言わずもがな、結婚指輪を装着する指ですね。
また、吉原遊女が本命のお客に愛を伝えるために切った指だとも言われています。

いずれにせよ、愛のシンボルです。

 

仮に、あなたがあの施設の住人だったとしましょう。

そしてあの施設の誰かを深く愛してしまいました。なんとしてでも左手の薬指を手に入れてやる。どうすればいいのか……

 

1.全員が揃っている共同スペースで告白する
……他者とまともにコミュニケーションが取れないという理由で屠殺所にまで放り込まれた人間に、それはあまりに「酷」ではないでしょうか。

 

2.好きな人の個室に押しかけて告白する
好きな人の個室に二人きりなんてとんでもない。ほぼ夜這いじゃないですか。それが出来るのはツインテールの彼女くらいのものです。

 

……想いを伝えるのは難易度が高い。
ではせめて、左手の薬指だけでも手に入れられないか。

田吉蔵の局部を切り取った阿部定、女性の毛髪を衣服に縫い付けお守りとしていた兵士、ペットの遺骨をアクセサリーに加工する飼い主。愛する者の一部を手元に置いておきたいというのは、突飛なようでいて普遍的な欲望です。

左手の薬指を手に入れたいという欲望が物理的に左手の薬指を手に入れる方向にシフトしたとしても、何もおかしくはありません。

 

3.「左手の薬指をくれませんか……」
確かに直接的な告白ではありませんが、しかしこんなことを突然言い出すのは、もはや告白するのと同じです。
実際私は誤読したとき、当然にそう解釈して「お、入籍沙汰か?」と思いましたから。
が、逆に言えば、突然でさえなければいいのです。段階を踏みましょう。

 

4.「左手の小指をくれませんか……」
予めこう言っておけば、その後、「左手の薬指をくれませんか……」というプロポーズ同然の言葉を吐いたとしても
「今度は薬指ときたか……貴様、まさかそのまま全指制覇するつもりか?」
などと思われるだけで済みます。
折を見て、ダメ押しとばかりに左手の中指を要求しておけば完璧です。


──完璧。そう、呑気にその段階を踏んでいる間に想い人に死なれるようなことが起こらない限りは、完璧な計画。

 

 

スタービン……。

 

 

可哀想な話ですが、この説は「スタービンはなぜ教授の左手の小指を切り取ったのか」という疑問を完全に解消できます。
先程の項で触れた「人の小指一本程度で腹は膨れない」事実も問題としません。

 

だって教授の左手の小指、ひいては左手の薬指を手に入れること自体が目的なんですから!

 

 

 

……まあ、言うまでもなく、この仮説には致命的な欠点が存在します。
もうとっくにお気づきでしょうが……この仮説、スタービンが教授に恋愛感情を抱いていないと成立しないんですよね……。

 

スタービンが……? 教授に……? 恋愛感情を……? そんな……こと……あると思いますか……?


……ええ、もちろん本編にそういったことを匂わせる描写は一切ありません。
強いて同性愛表現を挙げるならば、リスティが佇む女について語った台詞、

「彼女はね、誰とでも性行為に及ぶの。
 男も女も関係なく」

 

引用元:『いただきます』7DAY リスティ

がありますが、これはその後「人間とそれ以外の区別もついていないかもしれないわ」「彼女にはそれ以外の知識がないのよ」と続きます。
このくだりを同性愛表現と括っていいのか否かは私には分かりません。
性愛は愛と呼べるか……いや、そもそも性行為以外の知識がない人間の性行為は性愛と呼べるのか……。
難しい問題です。

 

愛って……なんだ?!

 

しかし一つだけ分かることがあります。
少なくともこのくだり、スタービンと教授には毫も関係ない
すみませんが、この説は箸休めの与太話だと思って忘れてください。

次は真面目な話をします。ここからが本題です。

 

 

幼年期の終り」説

「スタービンはなぜ教授の左手の小指を切り取ったのか」の問に答えを出す前に、まずは『いただきます』作中最大の矛盾について触れなければなりません。
そしてその矛盾について語るために、スタービンというキャラクターを理解しなければなりません。

 

 

 

彼は食事以外への「興味」が欠落した人間です。

 

 

 

「僕は……常識に深い興味はありません……
 食べられませんから……」

 

引用元:『いただきます』2DAY スタービン

あのリスティが「持っていなければ死ぬ」とまで表した常識を、食べられないからという理由でバッサリ切り捨てる。
それでも、常識に興味がない人は、まあそこそこいるでしょう。

しかし

「教授さんは……トイレに居たようですね……。
 動いていないので……
 生きているか分かりませんが……」

 

引用元:『いただきます』2DAY スタービン

行方不明で生死すら危ぶまれていた教授を発見した時のこの発言は、教授の生存に対する感想などではありません。「動いていないので生きているかわからない」というただそれだけの事実を端的に伝えただけです。
彼は他人の生死に、全く興味がない。

 

それどころか

ベントラーさん……
 ゴキブリ、食べないならください……」

 

引用元:『いただきます』7DAY スタービン

職員から「近日中に一人、ここから出て頂きます」という実質的な屠殺宣言を受け、共有スペースが完全に凍りつく中、ベントラーに向けてこう言い放ちます。
全く動揺していません。
自分も屠殺対象に選ばれる可能性があるにも関わらずです。
彼は自分の生死にすら、全く興味がない。


人間の発達過程において、興味の獲得は非常に重要な意味を持ちます。

 

他人に興味を持ち、働きかけ、同調し、あるいは同調させ、その思考を共有することによって社会性を獲得する。共同注意の発現。

 

人間は、このプロセスに大きく依存しています。
正常な興味を獲得できなければ、社会でまともに生きていくことは著しく困難になるでしょう。

 

そしてスタービンは、正常な興味を獲得できなかった人間です。奇人、変人、狂人、電波……まともな人間ではない。

 

ただし運の良いことに、いえ、運の悪いことに、彼の生まれた世界もまた、まともではありませんでした。

 

「あの時のこと、思い出した?
 みんなお腹を空かせて、空気も薄くて、絶望して、
 死んでいったわ
 その死んだ欠片を拾い集めて食べたわね。
 食べている人はみんな笑顔だったわ。
 人間、食べている時は幸せですもの」
「……ここを出た人間は、食料になるのよ。
 同じ人間が食べる食料にね」
「今の地球には、全ての人間を賄う食料がないわ
 樹木もないから、酸素も薄くなってる。
 いつまで持つか分からない。
 共食いを始めるのも仕方の無い事なのよ」

 

引用元:『いただきます』7DAY リスティ

家畜は死に絶え、植物は自殺し、それゆえ酸素は薄く、絶望した人間が万単位で集団自殺する。
しかもその集団自殺の報は、「効率的だ」と喜びをもって迎えられる。
当然のように性的奴隷を飼育する外道が存在し、しかしそんな外道ですら自殺する。
そうして死んだ人間の肉を、つかの間の笑顔を浮かべて貪る。
食べている時だけは幸せだから。
そんな、狂った世界です。

 

スタービン自身も、相当な修羅場を生きてきたことが伺えます。

「……僕の左手が気になりますか?
 見ての通り、僕に左手はありません……
 右手と左手、どちらか一方を切る場合……
 ロスターさんならどうしますか……?
 僕は迷わず左手を切りました……。
 僕は右利き……ですからね……」

 

引用元:『いただきます』3DAY スタービン

平和な日本に生きる我々に、右手と左手どちらか一方を切らなければならないシチュエーションは……とても思い浮かびません。

 

さて、このような極限の状況下で、左手の欠損という障害を抱えた彼が生き延びられたのはなぜか。

 

それこそ、正常な興味を獲得できなかったからではないでしょうか。

 

他人の生死に興味を持たない彼は、ロスターのようにストレスで記憶を失うこともなく、平気で他者の屍肉を食らうことが出来ます。
いちいち他者に興味を持ち、その人生に思いを馳せ、同情するなどといった無駄をおかすことはありません。

「そんな事をしていては命がいくつあっても足りん」

 

引用元:『いただきます』8DAY ベントラ

 

自分の生死に興味を持たず、死ぬことを恐れない彼は、平気で自分の命を賭博台に乗せることが出来ます。一か八かの賭けに乗り続けるような人生。
得るために失うことを厭わない気質は、5DAYに下半身を賭けたゲームを提案してくることからも窺い知れます。

「死ぬ事を恐れていては生きることすらできないわ」

 

引用元:『いただきます』2DAY リスティ

 


しかし、ここで一つの矛盾が生じました。

 

「食事以外への興味がなく、他人の生死に衝撃を受けないはずのスタービンが、教授の死に食欲を失うほどの衝撃を受けている」

 

これこそが冒頭部で触れた、『いただきます』作中最大の矛盾です。

 

問題の箇所を見てみましょう。太字がスタービンの台詞です。

「本日は特別にステーキをご用意しました。
 それではごゆっくりお楽しみください」
「……」
「スタービン、食わんのか?」
「食欲が……なくて……」
「いつも真っ先に食らいつく貴様から
 そんな言葉が出るとはな
 他人の指を切り取って食らった貴様が
 今更何を躊躇するというのだ?」
「僕は……人一倍食欲が旺盛で、
 常に餓えていました……
 餓えるから食べる……。
 それは僕にとって当たり前の行動であり、
 また、生き甲斐でした……
 しかし……僕には分からなくなりました
 生きる為に食べるのか……食べる為に生きるのか……」

 

引用元:『いただきます』8DAY

ご覧の通り、食欲を失うどころか人生を見失うほどの衝撃を受けています。
他者の死にショックを受ける……至ってまともな反応ですが、しかしスタービンはまともな人間ではなかったはずです。
教授の死など意に介さず貪り食っていなければおかしい。

 

これはなぜか?

 

ちょうどいい比較対象があります。
実はスタービンが教授の死を経験したのは8DAYが初めてではありません。

「教授さんは……トイレにいたようですね……。
 動いていないので……
 生きているか分かりませんが……」
行方不明で生死すら危ぶまれていた教授を発見した時のこの発言は、教授の生存に対する感想などではありません。「動いていないので生きているかわからない」というただそれだけの事実を端的に伝えただけです。
彼は他人の生死に、全く興味がない。

当記事の数十行前の文章です。
実際に死んではいませんでしたが、ここでスタービンは教授の死を疑似経験しています。

 

私はここに、敢えてある事実を書き入れませんでした。

 

その事実を明かす前に、教授が行方不明になったイベントの一部始終を見ていただきましょう。答えはこの中にあります。

 

「本日はサツマイモです。
 それではごゆっくりお楽しみください」
「美味い……美味い……
 このイモは……実に美味い……
 ところで……教授さんの姿が……見えませんが……」
「今日は一度も見かけなかったわ。
 個室で寝ているんじゃないかしら」
「そうですか……。
 食べ終わったら……教授さんの部屋を見てきます……」
「スタービン、貴様はいつも一時間以上かけて食うだろうが
 そのまま貪っていろ。我輩が呼んでくる」
「お願いします……」
「フフフ……」
ベントラー、教授を探しに行く
「教授は部屋にもおらんぞ」
「教授さんは何処へ行ったんでしょうか……?
 此処から出たとしたら……」
「この施設から出たら死ぬだけよ
 教授は死んだのかもね」
「馬鹿な事を言うな。
 教授はついに宇宙に上ったのだ。
 その時は前触れ無くやってくる
 全ての地球人がその権利を保有し、
 その機会が必ず与えられる。
 教授が宇宙へ飛んだことを祝おうではないか」
「その現実逃避をやめなさい。
 教授は死んだのよ
 こんな施設に入れられているんだもの。
 自殺したくなって当然よ
 中で死ぬか、外で死ぬか、
 そこに違いはないわ」
「では教授の死体は何処だ?
 何処にもないではないか。
 それは何故か? 教授の肉体は宇宙にあるからだ」
「このイモは美味いですね……
 実に美味い……」
「…………」
「……トイレですか?
 分かりました……通路を開けます……
 どうぞ……」
※トイレの扉を開けると教授が倒れてくる
「教授さんは……トイレに居たようですね……。
 動いていないので……
 生きているか分かりませんが……」
「……我輩が部屋まで運んでやろう」
※暗転

 

引用元:『いただきます』2DAY

(※は私が書き入れたものです)

お気づきでしょうか。

 

「教授の不在を最初に気にかけたのはスタービンである」という事実に。

 

いえ、なにも「スタービンは他人に興味がない」と断言したのを撤回しようというわけではありません。
教授のことを気にかけたのは最初だけで、ベントラーとリスティが教授の生死について口論している間、呑気にイモを貪っています。
極めつけに最後の「教授さんは……トイレに居たようですね……動いていないので……生きているか分かりませんが……」発言です。
この言葉は、どう聞いても、教授の無事を喜ぶ台詞ではない。
かと言って、もちろん、落胆しているわけでもない。完全な「無」です。

 

つまり何が言いたいかというと、2DAY時点のスタービンは、
教授に対して「真っ先に不在を気にかけるが生死には全く拘らない」という極めて歪な関心の向け方をしています。

 

 

今までの内容を整理しましょう。

♢2DAY時点のスタービンは教授に対して、「真っ先に不在を気にかけるが生死には全く拘らない」という極めて歪な関心の向け方をしている。
♢8DAYには、その歪な関心は「死に対して、人生観が揺らぐほどの衝撃を受ける」という真っ当な興味へと変化している。

 

さあ、
「食事以外への興味がなく、他人の生死に衝撃を受けないはずのスタービンが、教授の死に食欲を失うほどの衝撃を受けている」矛盾

「2DAY時点で教授に向けていた歪な関心が8DAYでは真っ当な興味へと変化している」謎
に変化しました。

表題の解明に向けて一歩前進しましたね。

 

ここで基本に立ち返ってみましょう。

 

スタービンが確実に興味を向けている、と断言できるもの……。

 

教授? いえ、それはまだ憶測の域を出ていません。

 

もっと分かりやすいものがあります。

 

そう、「食べ物」ですね。

 

「僕は……常識に深い興味はありません……。
 食べられませんから……」

 

引用元:『いただきます』2DAY スタービン

この言葉は裏を返せば、「食べられるものに深い興味がある」という意味になります。


……と、いうか、裏を返すまでもなく、

「今までに食べた酸素の量を考えるならまだしも、
 酸素の声ですか……」

 

引用元:『いただきます』1DAY スタービン

「宇宙……宇宙に食べ物はあるんでしょうか……?
 あるとしたら……楽園ですね……」

 

引用元:『いただきます』2DAY スタービン

「美味い……美味い……。
 ゴキブリは……何度食べても美味い……」

 

引用元:『いただきます』6DAY スタービン

徹頭徹尾、笑ってしまうほど、食べ物のことばかり話しています。
むやみやたらと引用するのもアレなので、特に気に入っている台詞のみ抜粋しましたが、夢オチ回である4DAYと、登場しないLASTDAYを除けば彼が食べ物の話をしていない日はありません。

 

食べられないものに興味はない=食べられるものに興味がある

 

つまり、彼は「興味を抱くために対象を食べ物と認識する必要がある」のです。
無意味な字数稼ぎとお思いかもしれませんが、これは非常に重要な意味を持ちます。

 

では彼は、どうやって食べ物を食べ物だと認識しているのか。

 

その答えは、彼自身がわりと直接的に説明してくれています。

「僕は……物を見た目で食べ物と
 判断しているのではなく、
 舌に乗せた時の味で判断しています……」

 

引用元:『いただきます』3DAY スタービン

彼には嫌いなものがないそうなので、この台詞は単純に、「舌に乗せた物を食べ物として認識している」と解釈していいでしょう。

 

作中でスタービンが舌に乗せたものを挙げていきます。

 

ジャガイモ、イモムシ、サツマイモ、ロープ、ネズミ、ゴキブリ……

そして、そう、教授の左手の小指です。

 

 

 

彼は教授を食べ物だと認識してしまったのです!

 

 

 

これによって「2DAY時点で教授に向けていた歪な関心が8DAYでは真っ当な興味へと変化している」謎が解けました。

 

彼が唯一真っ当な興味を抱ける「食べ物」として生きた人間……教授を認識してしまったからです。

 

ええ、もちろん、食べ物に抱く興味と人間に抱く興味は別物であるべきですから、彼のそれは異常な興味には違いありません。

 

それでも、彼にとって初めての体験だったのでしょう。


彼は狂った世界に生きる人間です。
きっと今までにも死んだ人間の肉を食べたことはあって、
なんなら知り合いが目の前で肉になることすら珍しくないのでしょう。
ですが死んだ人間は所詮ただの肉、食べ物でしかありません。
肉になった彼ら彼女らに興味を抱いたとしても、それは人間に対する興味ではない
だから、その死に衝撃を受けずにいられる。
しかし、生きている人間を切り取って舌に乗せ、食べ物だと認識した上で死なれたことはなかった
興味を抱いた人間に死なれたことなどなかったのです。
だからあんなにも教授の死に衝撃を受けた。



「食事以外への興味がなく、他人の生死に衝撃を受けないはずのスタービンが、教授の死に食欲を失うほどの衝撃を受けている」

 

この矛盾を解明したことで、ようやく、表題「スタービンはなぜ教授の左手の小指を切り取ったのか」について語れますね。
そう、まだ終わってません。
今までの内容は「教授の左手の小指を切り取った結果」であって「教授の左手の小指を切り取った理由」ではないのです。
もう少しだけお付き合い下さい。


先に断っておきますが、ここからは非常に感覚的な話になります。

 

 


初めて『いただきます』をプレイしたとき、私はスタービンを「妙に自意識過剰な人だな」と思いました。

「痛いに決まってます……。
 でもね…腹を殴っていればその痛みは腹に留まります。
 痛みが全身に広がるよりはマシでしょう?」

 

引用元:『いただきます』1DAY スタービン

初対面のロスターに対して、聞かれたわけでもないのに腹を殴り続ける理由を弁解する。

 

「……僕の左手が気になりますか……?
 見ての通り、僕に左手はありません……
 右手と左手、どちらか一方を切る場合……
 ロスターさんならどうしますか……?
 僕は迷わず左手を選びました……。
 僕は右利き……ですからね……
 腹が減りましたね……。
 先に行ってます……」

 

引用元:『いただきます』3DAY スタービン

聞かれてもいないのに、自分に左手がない理由を語り始める。ロスターに質問を投げかけるも、その答えを聞く前に「腹が減った」と言い置いてさっさと部屋から退出する。

 

「このゲームは……
 一位と最下位以外に意味はありません……
 つまり狙いが集まるのは一位……
 もしくは最下位の人間ということです……
 ただし……
 全員がその通りに行動するとは限りません……
 ……僕ですか? 僕はセオリーに従います……
 考えれば考えるほど、腹が減りますからね……」

 

引用元:『いただきます』5DAY スタービン

ゲームの戦略という、人に明かすと自分が不利になる事柄までベラベラ説明してしまう。そのゲームは自分の夕食が懸かっている負けられない戦いであるにもかかわらず。

 

『いただきます』は基本的に地の文の無い、台詞のみのノベルゲームです。
その中のキャラクターである以上、説明口調気味になるのは仕方がないという点を考慮に入れても……なんというか……妙に……言い訳がましい。
語りすぎる。しかも、そうして語るわりに相手の反応を求めない。実に不自然です。
そして『いただきます』において、不自然に語りすぎるキャラクターには、それ相応の理由が用意されています。


リスティがあらゆるものの声が聞こえると吹聴するのは「代弁者であることで自分が気違いだと思われるのを防ぐ」ため。
ベントラーが宇宙人の存在を主張し続けるのは「枯れた地球を救ってくれる存在を創り上げる」ため。

 

ではスタービンは?

 

実は他人にどう見られるかを気にしていた?

 

いいえ、繰り返しになりますが、彼はあのリスティが「持っていなければ死ぬ」とまで表した常識を、食べられないからという理由でバッサリ切り捨てられる人間であることを忘れてはいけません。


他人の反応など求めていないのです。

 

……他人に求めないのならば、自分に求めるのではないでしょうか?





「ノンレム睡眠から覚醒」に代表されるやけに持って回った言葉選びを多用すること、「イモが食えるならイモムシも食える筈」等の異様な思考連結をさも当然のようにぶつけて来ることから察するに、彼は自分自身の「理性」を大いに買っている人間です。

「僕は……常識に深い興味はありません……
 食べられませんから……」

引用元:『いただきます』2DAYスタービン

集団自殺……ええ、確かにありましたよ……。
 僕は……勿体無いという事しか……
 覚えていませんがね……」

引用元:『いただきます』2DAYスタービン

「教授さんは……トイレに居たようですね……。
 動いていないので……
 生きているか分かりませんが……」

引用元:『いただきます』2DAYスタービン

 

既に取り上げてきたこれらの言葉は、相手や状況に応える為の発言としては無駄が多過ぎる。
それぞれ始めの一文……「常識に興味はない」「集団自殺は確かにあった」「教授さんはトイレに居る」だけで成立します。
即ち二文目以降の台詞は、発言者たるスタービンに何らかの意図があって、敢えて付け足されたものなのです。
そしてそれは、彼が自分のことをどのような人間だと思っているか……かつ、どのような人間であるべきだと思っているか……を判断するのに役立ちます。

スタービンは恐らく、自分の「理性」を他のもの……例えば他者の定めた理不尽なルールや突発的に湧き上がる感情等、自らの理性で説明することが出来ないもの……に乱されるのを嫌っているのでしょう。だから、何に対しても興味を抱かない、抱けないのです。

このような印象はプレイヤーの分身たるロスターも感じているようで、ロスターが住人達に対して感じた負の印象が大幅に誇張、反映されている夢の中(4DAY)では一際苛烈で冷淡なリアリストとして描かれています。

何に対しても興味が無く、常識や生死に煩わされない、スタービン

そして、その気質を印象付けるような発言を繰り返している彼は、そんな自分に意識的にせよ無意識的にせよ信頼をおいているのでしょう。常に丁寧語で話すのは、「誰に対しても一線を引いた自分」というペルソナを保持したいからかもしれません。

唯一の例外である食べ物の存在が、それを却って強固なものにしています。
「自分は食べ物にのみ乱される」という絶対的な人生軸を設定しておくことで、他のあらゆるものに乱されなくなるわけですから。

そう、他のあらゆるもの……例えば、隣人の行方……にかかずらわされるのは、我慢ならない。

しかしそんなスタービンは2DAY、ほんの一瞬、不覚にも、教授の不在を気にかけてしまった。

2DAY時点の教授はまだ食べ物ではありませんから、彼が教授に興味を抱き、その行方を気にすることなど有り得ない、あってはならないことなのです。

自分自身への信頼を根本から揺るがす、致命的なアイデンティティ・クライシスの予感。

この非常事態に彼が縋れるものといえば、やはり食べ物しかありません。教授が食べ物になれば良いのです。

教授を食べ物として認識すれば、それは遡って教授に興味を抱いたことを正当化する……自分が興味を抱いたのは、「食べ物」としての教授であって、「人間」としての教授ではない、と。

そして食べ物と認識する為には、教授の身体を舌に乗せる必要があるのです。

だから、スタービンは教授の左手の小指を切り取った。

身体を舌に乗せさえすればいいのですから、貰う箇所はどこでも構いません。それこそ、左手の小指一本程度で十分なのです。

こうして、彼は晴れて教授に興味を抱くことが出来た。教授に興味を抱いて良いのだと、理性に証明したのです。

……それはある意味で、「幼年期の終り」なのでしょう。

スタービン自身にその認識はありませんが、彼は初めて人間に興味を抱いたのですから。

さながら、幼児が初めて他者への興味を獲得するように。

歪んではいるものの、彼は成長することが出来た




 

さて、あらゆる成長には代償が付きものです。
その代償がどのような形を取るかは人それぞれですが、いずれにせよ……大きな苦しみを伴います。
成長し、自分を変えるというのは、言い換えれば自分の一部を切り捨てるに等しい行為なのですから。

肉体年齢的にはとうに幼年期を過ぎたスタービンもまた、代償を支払うことになります。

8DAY、ステーキとなってテーブルに並べられた教授を前にしたあの瞬間。

唯一にして絶対の人生軸であった食欲──常識であり、生き甲斐であり、生きる意味そのもの──を押し潰して余りあるほどの感情がスタービンを襲いました。

奇しくも2DAY、彼が予感したアイデンティティ・クライシスが、殺人的に膨れ上がって、再び彼の元に舞い戻ったのです。

そう、彼の魂は気付いてしまった。

自分が「食べ物」としての興味を向けていた筈の教授は……「食べ物」として消費される家畜であると同時に、どこまでいっても「人間」だったということに。

そして、それこそが、人生の最後の最後に他者への正常な興味を獲得してしまった男の、あまりにも異常な「幼年期の終り」だったのです。

 

 

 

 

 

 

 


なお、これら全ての始まりである「教授への歪な関心」は、この通り「スタービンにも説明できないもの」であるため、表題の「スタービンはなぜ教授の左手の小指を切り取ったのか」への回答は「分からない」ということになります。