教授はなぜ午前二時に一階扉の前に居たのか?

6DAY『プリズンホスピタル』において、ずっと疑問に思っていたシーンがあります。

 

◆Mr.ベントラ
 ここから脱獄するつもりはないか?
 こんな所に居ても、ただ死ぬのを待つだけだ。
 それならば隣人の手を取り、宇宙へ出た方がいい

 ~中略~

◆Mr.ベントラ
 もし、その気があるなら、
 明朝午前2時に1階の扉まで来てくれ
◆Mr.ベントラ
 話はそれだけだ。
 邪魔をしたな

 引用元:『いただきます』 6DAY

ベントラーがロスターに脱出計画を持ち掛け、

◆Mr.ベントラ
 来たか……
◆Mr.ベントラ
 いいか、今から扉を破る
◆Mr.ベントラ
 ここから出れば、その先は宇宙……
 あるいは野垂れ死にかもしれん
◆Mr.ベントラ
 だが、どうせ死ぬならば
◆教授
 ベントラー……
◆教授
 やめるんだベントラ
◆Mr.ベントラ
 なんだと?
 貴様が我輩に指図するのか?
◆教授
 ベントラーが宇宙へ行くのは構わない。
 しかし、
 何も知らないロスター君を連れて行くのは……
◆教授
 フェアじゃないな
◆Mr.ベントラ
 ……ふん、貴様に説教されるとはな
◆教授
 ロスター君も今日は大人しく寝た方がいい
◆教授
 それじゃ

 引用元:『いただきます』 6DAY

教授がそれを阻止するというシーンです。


……教授は何故、午前二時に一階扉の前に居たのでしょうか?

 



午後二時ならともかく、午前二時にたまたま通りかかることはないでしょう。
職員を含めた皆が寝静まっている時間だからこそ、脱出計画が成り立つのですから。
教授の個室は「階段を降りた先に」、つまり地下にあるため、二人が扉の前で立てた物音のせいで起きてしまったという線も薄いです。
となると教授はあらかじめ何らかの情報を掴んでいたと考えるしかないのですが、彼は一体どこでそれを知ったのでしょうか。

言い出しっぺであるベントラーが罪の意識に耐えきれず、誰かに止めてほしくてわざと教授の前で口を滑らせた?
ベントラーの誘いを無下にしたくはないが、自殺に等しい脱出計画に乗りたくもないロスターが阻止するように頼んだ?


……どうにもしっくりこない動きです。


また、教授が午前二時になって初めてアクションを起こしているのも気になります。
というのは、あらかじめ計画が露呈していたのだとしたら、午前二時まで引っ張らず知った瞬間に止めていれば良い筈だからです。
作劇的なドラマチックさを除いて、教授が敢えてあのタイミングでベントラーの説得を試みる利点がありません。
仮にベントラーとロスターが二人がかりで強行突破しようとした場合、いくら体格的に恵まれている彼でも押し負ける可能性が高い。職員が異常を察知して駆けつけてくれる――実際、小指切断事件の折にはいち早く職員が駆けつけ、応急処置を施している――昼の内に引き止めておいたほうが安全です。
それなのに、二人がまさに今脱出しようという瞬間まで何のアクションも起こしていない。

ということは、教授が脱出計画を知ったのは、午前二時を迎えるほんの直前だったのではないでしょうか。
あるいは、「午前二時に一階扉の前で何かが起こる」程度の、極めて断片的な情報しか知らなかったか。

つまり、あの施設の中の誰かが教授に「午前二時を迎える直前に脱出計画を密告した」もしくは「敢えて断片的な情報のみをリークした」のです。


ロスターベントラー以外で、二人の脱出計画を知り得た人物……。


実は一人だけ、存在します。



◆Mr.ベントラ
 邪魔をしたな。
 話はそれだけだ
◆スタービン
 ロスターさん……食事の時間です……。
 ベントラーさんと何か話をしていたんですか……?
◆スタービン
 いえ、話の内容を尋ねるつもりはありません……。
 僕は……食事があれば……それでいいんです……
◆スタービン
 ……行きましょう

 引用元:『いただきます』 6DAY

ベントラーが脱出計画を語り終えると入れ違いにスタービンが入って来ます。
実際にプレイされた方はお分かりいただけると思うのですが、ベントラーが出ていったそのすぐ後に、間髪入れずに入ってくるのです。扉の前で待ち構えていない限り、あのスピード感は出せない。
ベントラーさんと何か話をしていたんですか……?」とあるので、ゲーム上の演出として間を省略しているのではなく、実際にロスターの部屋の真ん前でベントラーとすれ違っているのだと思われます。

……スタービンは扉の前で、二人の会話を聞いていたのではないでしょうか?


もちろんスタービンがロスターの部屋を盗聴する理由はありませんから、恐らくいつものようにロスターの個室を訪れ、食事の時間を告げようとしたところ、部屋の中から話し声が聞こえてきたので待っていたのだと思います。そして意図せず、二人の脱出計画を聞いてしまった。
上記の台詞をよくよく見ると、彼は「話の内容を尋ねるつもりはない」と言っているだけであり、「話の内容を知らない」とは一言も言っていないんですよね。

「話の内容を尋ねるつもりはありません」=「話の内容を知っているので、尋ねる必要がない」


そもそも「話の内容を尋ねるつもりはない」という台詞は、「尋ねられたくない話題である」ことを承知していないと出てこないような気もします。「食事があればそれでいい」と内容への無関心を強調しているのも、不自然さに拍車をかけています。

スタービンはロスターベントラーを除いて、二人の脱出計画を知ることが出来た唯一の人間なのです。


そして教授にそれを伝えることが出来たのは、スタービンを除いて存在しない



さて、スタービンが教授に脱出計画を漏洩したとすると、一応の辻褄は合います。
では、なぜスタービンは教授に脱出計画を漏洩したのでしょうか。

まず考えられるのは、スタービンにとって、二人の脱出計画はあまりにも「どうでもいいもの」だったから、という説です。


あの施設から出ることはを意味します。2DAYの「ここから出たとしたら……」という台詞から察するに、スタービンにもその認識はあった筈です。
しかし、ロスターが記憶を失うほどショックを受けた去年のアレ……120,000人の集団自殺を「勿体無い」の一言で形容できてしまう彼からしてみれば、同居人二人が外に出ようがそのまま野垂れ死のうがどうでもいいと考えていたとしても不思議ではありません。
彼の言う「勿体無い」は「120,000もの尊い人命が失われて勿体無い」という憐憫ではなく「一度に120,000人も死んだら冷凍しきれなくて腐るから勿体無い」という食品ロスに対する嘆きでしかないのでしょうから。
実際、彼は教授が倒れた際、「動いていないので……生きているか分かりませんが……」と、教授の生死など心底どうでもいいと思っていなければ出てこない台詞を放っています。
彼にとって、ロスターベントラーの脱出計画は、それこそ天気の話と同じレベルの、取るに足らない話題でしかなかったのではないでしょうか。
だからこそ「気持ちの良い朝ですね……」と挨拶するのと同じように、ほんの些細な雑談として、「そういえば……ベントラーさんがロスターさんを連れて外に出るそうですよ……」と教授に漏らしてしまった

しかし教授にとってそれは、決してどうでもいい事実ではありません。当然です、「素晴らしい隣人」二人の生死がかかっているのですから。
スタービンから仔細を聞き出した彼は慌てて一階扉の前に駆けつけ、ベントラーの前に立ち塞がった。
こうして、『プリズンホスピタル』終盤の一幕が生まれたというわけです。

……一見それらしい理屈ですがしかし、私としては考えづらい説だと思っています。


前項のうち、「教授が脱出計画を知ったのは計画決行直前」とする説を踏まえた場合、教授とスタービンは日常的に深夜密会して他愛無い会話を楽しむ間柄だったことになり、彼らがそれほど懇ろな関係だと感じ取るのは難しい……というのが一つ。

「教授は極めて断片的な情報のみを知っていた」とする説を踏まえた場合、スタービンは「午前二時に一階扉の前で何かが起こるらしいですよ……」と、彼からしてみれば伏せる価値もない情報を伏せた、特段面白くない上に意味不明な話を振ったことになり非常に不自然である……というのが二つ。


そして三つ目は、「スタービンが二人の脱出計画を知って動揺していた」とも取れる描写がある為です。



共有スペースへとシーンが切り替わる直前の「……行きましょう」という台詞、実は普段のスタービンからするとやや不自然なのです。

◆スタービン
 食事の時間ですよ……ロスターさん……
◆スタービン
 ノンレム睡眠から覚醒したようですね……。
 表情を見れば分かります……
◆スタービン
 僕は先に行ってますから、
 落ち着いたら上がって来てください。
 大丈夫です……食事は逃げません

 引用元:『いただきます』 1DAY

◆スタービン
 ロスターさん……そろそろ食事の時間です
◆スタービン
 ……僕の左手が気になりますか?
 見ての通り、僕に左手はありません……
◆スタービン
 右手と左手、どちらか一方を切る場合……
 ロスターさんならどうしますか……?
◆スタービン
 僕は迷わず左手を切りました……。
 僕は右利き……ですからね……
◆スタービン
 腹が減りましたね……。
 先に行ってます……

 引用元:『いただきます』 3DAY

スタービンがロスターに食事の時間を告げに来るシーンは1DAY、3DAY、そして『プリズンホスピタル』回である6DAYの計三回存在するのですが、6DAYを除いて一緒に行ってはくれません
目的地は同じですし、特にロスターが入居して間もない1DAYは案内がてら同行したほうが自然ではないかと思うのですが、きっと一刻も早く食事にありつきたいのでしょう。あるいは、仲良く食堂に連れ立って行く程ロスターと……他者と距離を詰める気がないのか。どちらにせよ、彼にとっては、それが自然なのです。
それなのに、6DAY――ベントラーがロスターに脱出計画を持ちかけた直後――に限っては同行させようとしている

ベントラーがロスターを引き連れて脱出するつもりであることを知って、動揺したからではないでしょうか。



しかし、なぜ直接引き止めず、教授に告げ口したのでしょうか?

ロスターの部屋から共有スペースへ向かう道中で引き止めれば済む話です。
その後食卓で再び話を蒸し返せば、職員含めた全員に周知させることにもなり、より確実に阻止出来ます。
わざわざ決行直前まで抱え込んで、教授一人にだけバラすというのは、どう考えても非効率的です。
よしんば何らかの事情であのタイミングまで行動を起こせなかったのだとしても、なぜ自分で行かず、教授に引き止めさせたのでしょうか。
二人を説得する自信がないというのなら、一緒に行けば良いだけです。説得力が増すだけでなく、万が一、二人が力ずくで脱出しようとした際にも数字上の引き分けに持ち込めます。

……合理性の面から考えても、答えが出そうにありません。


アプローチの仕方を変えてみましょう。


非合理的で、むしろ感情的な……





同居人二人の生死を案ずるような、情に厚い人間だと思われたくなかった」からではないでしょうか?

 ……何をしているかって?
 腹がね……鳴るんですよ……。
 鳴り止まない……だから殴るんです
 
 引用元:『いただきます』 1DAY

 僕は……常識に深い興味はありません……
 食べられませんから……
 
 引用元:『いただきます』 2DAY

 世間の目を一切気にせず、公共のスペースで自傷行為に及び

 

 教授さんは……トイレに居たようですね……。
 動いていないので……
 生きているか分かりませんが……

 引用元:『いただきます』 2DAY

 集団自殺……ええ、確かにありましたよ……。
 僕は……勿体無いという事しか……
 覚えていませんがね……

 引用元:『いただきます』 2DAY

 他人の生死に興味がなく、
 

 ベントラーさん……
 ゴキブリ、食べないならください……

 引用元:『いただきます』  7DAY
 ※「外に出て頂きます(=死んでください)」と言われた上での発言

 自分の生死にも興味がなく、

 僕は迷わず左手を切りました……。
 僕は右利き……ですからね……
 
 引用元:『いただきます』 3DAY

 それ故か、自らの手首すら躊躇なく切り落とすことができる。


また、本編中には存在しないテキストである為直接引用するのは避けますが、彼は没データ(ツクール2000のエディタ上に存在しているが本編では採用されていない)で「人間の見分けがつかない」とまで言い切っています。


そのような言動を繰り返している人間が、いきなり「あなた達に死んでほしくないので、脱出は諦めてほしい」などと言い出したら……

……実際にロスターベントラーがどう思うかは分かりませんが、少なくとも、私がスタービンの立場なら恥ずかしくてとてもそんな事は言えません。


今まで散散ぱら「興味が無い」だの「大量に死んでも何とも思わない」だのと中学生のような見栄の張り方をしてしまった手前引き止めることは出来ず、しかし隣人をみすみす見殺しにすることも出来ない

彼は葛藤して……それこそ午前二時を迎えるギリギリまで葛藤していた可能性すらあります……そしてひらめいたのでしょう。

正義感が強く、二人を気にかけていて、いざとなれば体を張って引き止めることができる、機智と体格に恵まれた人間をけしかければ良いのだ、と。

スタービンはその条件を満たす人物……教授を叩き起こし、「一階扉の前に行くように」伝えます。
もちろんここで「ベントラーさんとロスターさんが脱出しようとしているので」などと言ってはいけません。
教授が二人に「スタービンから聞いたよ」と一言告げるだけで、ベントラーの脱出計画を立ち聞きしていたこと、それを引き留めるためにこの時間まで葛藤していたこと、最終的に教授に泣きついたこと、全てが芋づる式に明るみに出てしまうためです。これでは教授を介する意味が無い。

大方、「上で何か物音がするので」程度の極めて断片的な情報のみ知らせたのでしょう。左手の小指を切り取ることすら許してくれる教授なら、騒音の元凶を確かめるくらい快く引き受けてくれるはず。そしてベントラーと親交の深い彼ならば、何も知らされていなくとも、一階扉の前に佇む二人の姿を見ただけで大体の事情を察することが出来る。

こうして、ベントラーの脱出計画は午前二時、タイミング良く一階扉の前に現れた教授により阻止されたのです。


『プリズンホスピタル』の翌日7DAYでは食事シーン以降しか書かれていない為分かりませんが、早朝、いつものように共有スペースを訪れたロスターベントラー、そして教授の姿を見て、スタービンはきっとホッとしたのではないでしょうか。

 

 

 

 

 


それにしても、ここまでしてある種の無感情を装っていたスタービンが、そのわずか二日後の8DAY、教授のステーキを前にして感情を露わにせざるを得なくなるのだと考えると……何と言いますかこう、ゾクゾクします。